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『空母いぶき』と『鳴かずのカッコウ』の接点

 仰々しくタイトルを付けておきながら、かわぐちかいじの漫画『空母いぶき』と手嶋龍一のインテリジェンス小説『鳴かずのカッコウ』の2冊を読んだ方なら、「接点」が何なのかはすぐにわかるだろう。

 『カッコウ』の主人公は神戸公安調査事務所で働く新人青年。以下は本作のクライマックスになるので、ネタバレになることをご容赦頂きたい。

 神戸を舞台にアメリカと中国が非公開極秘接触をしていた。同盟関係にある日本にも内報せずに。米ソ冷戦時代もそうだったように、対立する超大国同士は不測の事態に備えて公式の政府間だけではない、独自の非公開極秘チャネルを築く必要がある。その動きを日本の公安がキャッチしたという物語だ。

 物語では米中諜報当局が人質交換交渉のためにチャネルを築いたとあるが、それは喫緊の外交問題解決のためであって、この接点は今後の米中交渉に重要な役割を果たすことを想定してのことだ。物語では例を挙げている。

 

尖閣諸島周辺に中国の漁船が大挙して押しかけて居座っていることはご存じですね。海警局の警備艦も周辺を動き回っています。たとえば、ここに猛烈な台風が来て、中国の漁船が尖閣諸島に上陸したとしましょう。海警局の乗組員も上陸して彼らを保護せざるをえない。そうなれば日本政府はどうしますか」

「そんなことが起きれば、中国側に厳重に抗議して、直ちに退去を求めるでしょう。もしも中国側が拒めば、武力で排除せざるを得なくなります」

「その時、アメリカはどうするか。日本が実効支配する尖閣諸島で日本が中国と戦闘状態に入れば、アメリカは、日米安保の盟約に従って、日本の側に立って戦わざるをえない。しかし、いくら重要な戦略拠点とはいえ、アメリカ国民の大半が名前すら聞いたことのない尖閣諸島を奪還するために中国と干戈を交える、そんな事態はなんとしても避けたいはずです」

「だから米中は密やかなチャネルを開けておきたい。一種の保険として。(後略)」

手嶋龍一「第八章 諜報界の仮面劇」『鳴かずのカッコウ』(2021年、小学館

 

 この公安当局員と英国諜報部員の問答こそが『いぶき』との接点だ。『空母いぶき』では、中国の漁民に扮した工作員が遭難を装って尖閣諸島に上陸し、日本の海上保安庁の身柄確保を断り、中国海警局の保護を求めるシーンから物語が始まる。出版時期の時系列で言えば、『空母いぶき』の連載が2015年で『カッコウ』より先だ。漫画を読んだ私は「なるほど、そんなリスクもあるのだな」と呑気に感心したものだ。

 この2作品の接点の通り、相手国領土内の住人や民族の保護を目的として軍を派遣したことにより、紛争や戦争のきっかけとなった事案で歴史は塗り固められている。軍事行動を起こすに当たって、人命の救出、人権の保護ほど聞こえの良い大義名分はないのだろう。さらに拡大解釈を施せば民族自決や民族解放運動につながる。

 近現代だけでも、オーストリアチェコスロバキアのドイツ人の保護を訴え進軍したナチスドイツ、日本の大東亜共栄圏構想も欧米列強から虐げられたアジア民族の開放を謳っている。現在進行中のイスラエルパレスチナの戦いも先に攻撃したのはハマスとはいえ、イスラエルは人質解放のための戦いを標榜している。

 ロシアによるウクライナ侵攻もこのケースに当てはまる。ウクライナ固有の領土である東部2州の新ロシア派の住民がネオナチによって蹂躙されているというプーチン大統領の主張によって引き起こされた侵攻は2024年2月で丸2年経とうとしている。(正確に言えば、東部2州の要請を受けてロシアは「特別軍事作成」を開始した)

 このように歴史に学ぶのであれば、『空母いぶき』と『鳴かずのカッコウ』の接点はポリティカルフィクション漫画とインテリジェンス小説というジャンルを超えた偶然ではなく、人類史の宿命がもたらした必然であると言えるのではないか。

かわぐちかいじ『空母いぶき(1)』(2015年、小学館)、手嶋龍一『鳴かずのカッコウ』(2021年、小学館) 現在連載中の『空母いぶき GREAT GAME』は今回紹介した『いぶき』のセカンドシーズン。舞台が異なります。 ※InstagramやXでも藤江文丞のアカウントで蔵書や映画の感想などを投稿しています。